おはようございます。
心地よい天気が続いてますねー❤︎
…でも、もうすぐ梅雨突入みたい。
ジメジメ…嫌だなー。カビ…
あ、そういや、この前洗濯槽を掃除したら…
【閲覧注意!】
真っっっ黒!!
カビで服洗ってたんだなー。我が家 笑。
そりゃそうだ。8ヶ月ぶりくらいかな。。。洗うの。
まあビックリでした。
これ、ちなみに過酸化ナトリウムが一番取れた。
ティートゥリー毎日活躍させよー。
抗菌!抗真菌!
今回はちょっと、長くなります。(いつも?)
自伝的な。
…というか、ちょっと心境の変化があったりして、
アロマセラピストとしての自分を見直しまして、
アロマトリートメント
(ここからはわかりやすくアロママッサージと書きますね。)を、ぼちぼち再開しています。
ただちょっと、こだわりがあるんですね…
「あなた、住む場所間違えてるんじゃない?」って言われるかもしれない。
けど、ここは譲れない。大事にしたい部分。
その経緯をツラツラと、シリーズで書きますので、興味のない方はどうぞご退出を❤︎
興味のある方、ありがとうございます。私がこれまで抱えてきた葛藤が、わかるかと思います❤︎
↑ ↑ ↑
懐かしいなあ〜。13年前@ロンドン。
アロマスクールのカリキュラムが終わり、
ケーススタディと、バイトに追われていた時期。
講座に来てくださってる方にはたまにお話するんですが、
私がイギリスで学んだ「アロマセラピーマッサージ」は、
「セラピューティックマッサージ」とか
「クリニカルアロマセラピー」と言われ、
コンサルテーションに重きを置き、
病気や症状、心の状態を深く掘り下げ、
クライアントとセラピストが共に、
改善に向けて施術を繰り返していく。
そんな感じでした。
コンサルテーションシートは両面4枚。計8枚。
クライアントさんの既往症から病歴、薬歴、身体の器官ごとの状態、家族構成、生活スタイル、住む場所の特性…施術に使用した精油、反応、体温、肌、血管、筋肉の様子…フィードバックとホームケアの提案、次回の目標…など。
これはスクールの規定。
ドクターへの紹介状の書き方まで学びました。
バイトは、中国人が経営する漢方薬屋さんの一室を借りて、アロママッサージをしていました。
3店舗を交代で勤務し、
Edgeware Road → アラブ人街
Peckam → ナイジェリア人街
Ilford → 労働者階級のイギリス人や多国籍移民街
…それはそれは、白から黄色から茶色から黒まで、
人種関係なく、
男女関係なく、
体型関係なく、
様々な身体に触れてきました。
ポーランドの紳士にときめいたり、
裕福なカタール人に気に入られたり、
サウジアラビア人に変態まがいなことをされたり、
キプロスの女の子の脚痩せダイエットに必死になったり、
エクステのナイジェリア人のヘッドマッサージに苦労したり、
イギリス人のピラティスの先生がメンテナンスに来てくれたり、
中国人のスタッフに意地悪されたり…
結構、リピーターは多かったんですよ♪
完全歩合制だったので、生活費稼ぐために必死でした。
でもほとんどのクライアントさんが、
「月にどのくらい来たら楽になるかしら?」
って、聞いてくるんです。
次の予約が取りやすい!
つまり、単なる肩こりにしろ浮腫みにしろ、特に疾患をお持ちでない方でも、
「治したい!」って自発的な気持ちがあって来てる。
受け身じゃない。
セラピストに依存してない。
だからプレッシャーもないし、私がその時出来る限りのことを精一杯したまで、でした。
聞かなくても感想を言ってくれて、気になっていることはどんどん聞いてくる。
だから、次回の施術の着地点が明確。
身体は酷使したけど、クライアントさんからセラピストの在り方を学んだ半年間でした。
学生ビザが切れる手前で、ある方のご縁から「ビューティーセラピスト」の労働ビザをもらえる話がありました。
イギリスには残りたかったけど、悩んだ挙句、蹴りました。
ビューティーセラピスト=エステティシャン
だっただからです。
(今考えればもったいないことしたなあ…)
イギリスでは、
エステティシャンとアロマセラピストは別物(リンクはする)でした。
学生ビザが切れるその年から、日本人がビザ更新するには、それ迄の2倍以上にあたる、約10万円の更新料を支払わなければならず、泣く泣く帰国しました。
20代半ばで、あまりにも深すぎるイギリスのクリニカルアロマセラピーを学び (正直暗記をし)、
日本に帰国してからどこかに就職して、現場で思い出していければいい、と思っていました。
…でも甘かった。
帰国して、就職先を探せば探すほど、
アジアンテイストの空間で異国情緒…
お風呂に薔薇を浮かべて贅沢タイム…
隠れ家サロンでリラクセーションのひと時…
そんな売り文句のお店ばかり。
イギリスで学んだスタイルでは、なかなか就職先は見つかりませんでした。
若さゆえの無知。
日本では日本の法律の中で、日本人の好みに合ったアロマセラピーのやり方が、もう既に確立されているかのようでした。
今でも覚えています。
面接した東京のホテルスパの自己PR用紙に、
「アロマセラピーサロンはもう飽和状態で、出来ることも限られるので、健康に多方面からアプローチできるスパの業界に興味を持ちました。」
と、書きました。
帰国してすぐに、あれだけ苦労して学んだ
アロマセラピーを諦めてしまっているんです。
12年前の話です。
そして、私はスパセラピストになりました。
【続く】